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【コラム】プロ格闘技史上初! ドーピング徹底排除を目指すUFCの取り組み【後編】

いかなる選手も運動能力向上薬を使うことなく、すべての選手が確実に均等な条件で競技ができるようにUFCアンチ・ドーピング・ポリシーを掲げるUFCの取り組みを、前編、後編の2度に渡って紹介するコラム。

前編

スターファイターの相次ぐ薬物検査失格に危機感を抱いたUFCはまず2015年4月に薬物検査の責任者として、ジェフ・ノビツキーを採用した。ノビスキーは元米国政府のエージェントで、かつてバリー・ボンズやロジャー・クレメンス、ランス・アームストロング、マリオン・ジョーンズら、米国のスタースポーツ選手多数が関与したステロイドスキャンダルの捜査で辣腕を振るい、一躍有名になった“薬物取り締まりの鬼”と目される人物である。

2015年6月3日、ノビスキーは記者会見を行い、新しく策定した“UFCアンチドーピング・プログラム”の内容を発表、7月から運用を開始すると宣言した。薬物検査失格者に対する罰則規定が大幅に強化されること、および米国の五輪チームの薬物検査も担当する公的機関、米アンチ・ドーピング機構(USADA)に委託して、UFC契約配下全選手を対象とした抜き打ちの薬物検査が年間を通じて常時行われるようになることが、このプログラムの主なポイントである。

薬物検査失格者に対する罰則は従来、各州管轄の体育委員会がそれぞれに定めているルールに従って課せられていた。概して、ステロイド1度目の失格の場合の出場停止期間は、9カ月程度が相場とされている。しかしながら、MMAファイターにとって試合間隔が9カ月程度空くことは比較的よくあることであり、この出場停止期間はそれほど厳しい罰ではないというのが一般的な見方であった。

UFCアンチドーピングポリシーでは、オリンピックのドーピング検査を担当している世界アンチ・ドーピング機構(WADA)のルールに準拠して、次のような罰則規定が定められている。

【特定物質】
常に禁止される物質(競技期間内および競技期間外):合成ステロイド、成長ホルモン、ペプチドホルモン、血液ドーピングなど
・1度目の失格:出場停止2年(重罪状況があれば最大4年)
・2度目の失格:1度目の失格の倍の処分
・3度目の失格:2度目の失格の倍の処分

【非特定物質】
競技期間内において禁止される物質:マリファナ、コカイン、その他の興奮剤、糖質コルチコイドなど
・1度目の失格:出場停止1年(重罪状況があれば最大3年)
・2度目の失格:1度目の失格の倍の処分
・3度目の失格:2度目の失格の倍の処分

このほか、試合後に検査失格が発覚した場合、その選手の試合結果は反則負けとなり、タイトルやランキングははく奪、ファイトマネーなどの報酬はその全額が没収されることとなった。なお、ここにおける“重罪状況(aggravating circumstances)”とは、悪質な意図をもって、もしくは他者と謀って検査システムを悪用しようとすること、あるいは過去に失格歴があることをさす。また“競技期間内“とは、計量の6時間前から、試合終了の6時間後までの時間をさす。

これで、日数計算をしてドーピング薬物を体内からサイクルアウトさせれば問題もなかった時代は終わりを告げた。UFC会長のデイナ・ホワイトは「選手はリスクとリワードを見比べている。数十万ドルを稼ぐためなら、多少のリスクは取るだろう。しかし2年ないし4年の出場停止となると致命的だ。こうなると、リスクとリワードの計算が大きく変わるだろう」と語っている。

この薬物検査プログラムの実施や、失格者への処分決定に際しては、UFCでは全権限をUSADAに一括で委託した。記者会見にも出席していたUSADAのCEO、トラビス・タイガート氏は「UFCは文字通り、このプログラムの運営からは身を引いている。いつ、誰が、何の検査を受けるのかについては、独立機関である当団体に完全に任されている」と語った。全権限を中立機関に一括で委託することにより、UFCがスター選手に甘い検査を行うのではないか、といった疑念の払拭をはかろうとするものだ。

USADAでは1暦年において、最低でも2,750回の検査を行うとしている。当時の登録選手数が574人で計算すると、選手1人当たり年間平均の抜き打ち検査回数は4.8回だ。米国でも海外でも、すべての検査はWSADA認定のラボラトリーがサンプル回収と分析を行う。検査内容は、尿検査、血液検査に加え、カーボンアイソトープテスト、EPOテスト、バイオロジカル・パスポートも利用される。

抜き打ち検査実施のため、UFC契約配下の全選手は年間を通して、USADAに自分の居場所を連絡しておく必要があり、このためUSADAでは、居場所連絡用のスマートフォンアプリを開発して選手に配布した。仮に検査官が抜き打ち検査をしようと、選手が“ここにいます”と連絡していた場所に出向いたにもかかわらず、実際には本人が不在だったというケースが1暦年中に3度あると、失格同等の扱いとなる。

前回の記事の冒頭で、早朝や深夜など、24時間いつでも抜き打ち検査の検査官が選手の元を訪れていると紹介した。これは、薬物検査が昼間など常識的な時間にしか行われないということになると、成長ホルモンなど、摂取後6時間から12時間で身体から排出されてしまう種類の違反薬物を就寝前に使用すれば、決して発覚しないことになってしまうからである。また生々しい話だが、尿検査は必ず検査官目視のもとで実施される。というのはかつて、検尿のためにトイレに入った選手が、検査官が目を離したすきに、あらかじめ用意してあった他人の尿や動物の尿を提出するといった出来事があったからだ。さらに、目視といっても漠然と目視しているだけでは十分でない。なぜなら以前、目視する検査官をだますため、あらかじめ他人の尿を入れておいた作り物のペニスを露出して検尿した選手がいたのだ。こうした事情から、基本的には選手と同性の検査官が派遣され、見えるものはきちんと見ることになっている。早朝にたたき起こされて、尿をする姿を他人からまじまじと見られるのは、決して気持ちの良いことではないと思われるが、ただでさえ体力的に外国人選手に劣ることの多い日本人選手の中には、「これで公平が保たれるなら」と納得している選手も多いという。

このプログラムの発表記者会見でUFC会長兼CEOのロレンゾ・フェルティータは次のようにコメントしていた。

「われわれはこの問題に対して、非常に攻撃的なアプローチを取ることにした。これからは、スター選手が失格してしまう可能性も出てくるだろう。ビッグファイトが中止になってしまうこともあるかもしれない。そういうことも覚悟の上だ。そうならないのが一番だが、なったとしても、われわれはその結果を受け入れるつもりだ」

さて、このUFCアンチ・ドーピング・プログラムが運用開始されて約8カ月が経過した。これまでの検査結果を見る限り、UFC首脳が覚悟したような、検査失格者続出という事態にならなかった。これまでに出場停止処分が正式に下された選手は、ミルコ・クロコップとグレイソン・チバウの2名だけである(このほかに、違反薬物が検出されたため、再検証を行ったり異議申し立て手続きが行われており、最終結論に至っていないケースが数例ある)。検査回数実績が2015年7月から12月までに353回と、当初発表のペースよりかなり少なかったという事情もあったが、やはり急にやって来る抜き打ち検査への恐怖、失格の場合のペナルティの大きさが、強力な抑止効果を発揮していると評価されるべきであろう。USADAでは2016年に入って検査回数を急増させており、最初の2カ月ですでに240選手に対し、335回の検査を実施している。ジョシュ・バーネットやヘクター・ロンバードなど、過去に失格歴がある選手に対しては、今年に入ってすでに4回から5回も検査が行われている。抜き打ち検査はいよいよフルスロットルで動き始めているのだ。

なお、今回発表されたUFCアンチ・ドーピング・プログラムは、実は“アスリート・マーケティング&ディベロップメント・プログラム”というより大きなパッケージの一環という位置づけになっている。このパッケージにはアンチ・ドーピング対策のほかに、次のようなメニューが含まれている。

(1)ヘルスケア企業『Fusionetics(フュージオネティクス)』社と提携し、全選手を対象とした運動能力評価を行い、個別のトレーニングプログラムを作成する。
(2)EXO社と提携し、トレーニングメソッドから休息の取り方まで、科学的ノウハウの提供を受ける。
(3)クリーブランド・クリニックが行う脳障害調査への協力体制を強化する。
(4)UFCの新本社ビルにUFCラボ(仮称)施設を建設し、最先端の練習やリハビリを行えるようにする。
(5)さらに今後、UFCファイターに“キャリアサービス“の提供も計画。これは選手が引退後に希望する職業で必要なスキルを、現役のうちに学び始めることができる職業訓練プログラムであるという。

つまり、これからの選手は、昔ながらの身体に悪いドーピングはもうやめて、科学的なトレーニングでアスリートとして超一流を目指していこうという方向性が打ち出されているのである。

USADAのウェブサイトでは、UFCアンチ・ドーピング・ポリシー規約、禁止薬物リスト、薬物検査の受け方ガイド、検査結果やその統計などの情報(英語)が一般にも公開されているので、興味のある方は参照されたい。

【文:高橋テツヤ】