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【コラム】プロ格闘技史上初! ドーピング徹底排除を目指すUFCの取り組み【前編】

いかなる選手も運動能力向上薬を使うことなく、すべての選手が確実に均等な条件で競技ができるようにUFCアンチ・ドーピング・ポリシーを掲げるUFCの取り組みを、前編、後編の2度に渡って紹介するコラム。

寝入りばなに、真夜中に、早朝に、ぶしつけにドアをノックする訪問者がいる。不審に思って出てみると、やってきたのはUFCから派遣されてきた薬物検査の検査官だった――。

このところ、UFCファイターの自宅や所属先のジム、宿泊先などで、こうした光景が頻繁に繰り返されるようになっている。本当に予告なくやってくるので、朝から検査官が来てビックリしたと思わず『Twitter(ツイッター)』でつぶやくUFCファイターも続出の有様だ。

検査官訪問の目的はドーピング検査。

UFCでは2015年7月から、米アンチ・ドーピング機構(USADA)と提携、世界各国に在住の570人を超える契約配下選手に対して、年間2,750回の抜き打ち検査を、オリンピック同等の厳しさで行うという“UFCアンチ・ドーピング・ポリシー”を実施しているのだ。“ドーピング禁止”のポリシーをうたう格闘技団体は他にもあれど、こうした抜き打ち検査を世界規模で実施することで実効性を持たせているのは、UFCが史上初めてのことである。

このような反ドーピングの取り組みが行われる以前、UFCのテレビ中継解説者のジョー・ローガンは、UFCファイターのドーピング使用率を、50%から60%程度ではないかと推定していた。ファイターのドーピング率が高い理由としては、1つにはやはり、MMAが厳しい実力の世界だということがある。1つ負けただけでランキングが大きく低下し、連敗したら契約解雇の可能性も高いという厳しさは、見る側にとっては魅力だが、やる側の重圧はすさまじい。とにかく試合に勝たないことには未来が開けないのだ。さらに、ランキング1位の選手と10位の選手では収入額がまったく違っている。このような環境下では、あらゆる手段を使って優位に立とうとする選手が現れてしまうのだ。

また、MMAはトレーニングでやらなければならないことが多い。コンディショニングやスパーリング、ウエイトトレーニングはもちろん、レスリングやキックボクシング、柔術など、身につけるべき技術体系も多岐にわたる。このため、自ずと練習時間が長くなり、疲労やケガの回復にあてる時間が足りなくなる。そこで回復を早めてくれるステロイドなどの薬物への誘惑が生じてくるのだ。

しかし、当然のことながら、相手を倒そうという意志を持って肉体をぶつけ合う総合格闘技の競技において、ドーピングは他のスポーツとは異なる危険な意味を帯びる。元UFCウェルター級チャンピオンのジョルジュ・サンピエールは、MMAにおけるドーピングについて次のように語っている。

「ドーピングをした状態で戦うということは、生物兵器を不正に持ち込むのと同じなんだ。もし私が、ナイフを持って試合に臨むとしたら、いったいどうなる? ナイフを持っているのが分かっているなら、試合を中止しないといけないだろう。ドーピングはそれと同じなんだよ。あってはならないアドバンテージになる。対戦相手の身体を危険にさらすことになるんだ。われわれは野球をしているのでも、かけっこをしているのでもない。これはフルコンタクトの格闘技なのであって、われわれはオクタゴンに足を踏み入れるたびに、命を危険にさらしているんだ」

元UFC女子バンタム級チャンピオン、ロンダ・ラウジーも同じように警鐘を鳴らす。

「ドーピングは対戦相手を強く殴るために使われる。でも、MMAが成立しているのは、人間には相手が死なない程度の力しかないからなのであって、今でもギリギリのところでやっているのだと思っている。こんなことがエスカレートしていって、やがて死人が出てしまうのではないかということがすごく怖い。オクタゴンで死者が出て、その殺した選手が薬物検査で失格でもしたら、MMA史上初の殺人罪が成立することになってしまいかねない。そんなことになったら、MMAそのものが終わってしまう」

米国の格闘技は日本と事情が違い、各州政府の体育教育委員会にあたる行政機関の管轄下に置かれている。レフェリーやジャッジ、ドクターは州政府がライセンスを与えた上で派遣しており、選手の試合前の健康診断や薬物検査もかねて州政府の担当とされている。“UFCアンチ・ドーピング・ポリシー”施行以前から、米国のMMAではドーピングは禁止されていたが、それは州法に基づいていたのだ。薬物検査で失格すれば、おおむね9カ月から12カ月の出場停止処分が下される場合が多かった。ところが多くの州では予算が不十分で、薬物検査と言っても、大会当日に尿検査を実施するのが精いっぱい、というのが実態だった。しかしながら、ある種の違法薬物は血液検査でなければ検出できない性質を持っていたり、また薬物によっては摂取後短い時間で体内から排出されてしまうことから、「試合当日の尿検査にさえ合格すれば良い」ことが分かっている状態では、日数計算をして薬物を使っている限り発覚の可能性は極めて低く、事実上、さまざまな薬物が使い放題であったとも言えるのである。それでも、その検査に失格する選手が決して少なくなかったことから、実際のドーピング使用率はとても高いのではないかと指摘する声が多く、本来であれば予告なしの抜き打ち検査や、血液検査も行わなければ、ドーピングの防止にはつながらないのではないか、との議論が早い時期から行われていたのだ。

こうした現状を受けて、ドーピング等の不正に頼っていない選手の側から、強い薬物規制を求める声が高まっていった。

UFCウェルター級のベルトを保持したまま、2013年11月の試合を最後に長い休暇に入っているジョルジュ・サンピエールは(後にベルトは返上)、「自分と対戦相手とがお互いに、世界アンチ・ドーピング機構(オリンピックのドーピング検査を実施している団体)基準の厳しい薬物検査を受けると約束しない限り、僕はMMAに復帰しない」と語っている。

またボクシング界の怪物、フロイド・メイウェザーはかねて、厳しい薬物検査を試合受諾の条件としていることで有名だ。長年待望されていたマニー・パッキャオ戦が2015年になるまで実現しなかった障壁の1つに、メイウェザーが条件として課す、あまりにも厳しい薬物検査を、パッキャオ陣営が嫌ったことにあったとされている。こうして、ボクシングでもMMAでも、トップ選手がプロモーターにこうした要求をつきつけることが増えていたのである。

このような動向を受けて、UFCでは2014年にいったん、自社で薬物検査を強化していくことを検討していたのだが、年末までに計画をいったん撤回したと報じられている。撤回理由としては、薬物検査のコスト負担が重いこと、州が行う検査や処分との調整が難しいことに加え、やはり自社検査では、例えばスター選手に対する長期の出場停止処分をUFC自らが下すことなどありえないのではないか、あるいは予定されていたビッグマッチが中止になるような検査結果を適切適時に情報開示することなどできないのではないか、といった、いわば自己検査につきもののジレンマを晴らしきれないことなどが挙げられた。そこでUFCでは、まず、州政府に対して薬物検査費用を肩代わりする策を講じてみることとした。

ところが、この試行が事態を大きく変えていく。2014年から2015年初頭にかけて、UFCの献金を受けたネバダ州では、これまで行っていなかった抜き打ち検査を実施。すると、チェール・ソネン(ステロイド)、ヴァンダレイ・シウバ(検査拒否)、ジョン・ジョーンズ(コカイン)、ニック・ディアス(マリファナ)、アンデウソン・シウバ(ステロイド)、ヘクター・ロンバード(ステロイド)と、チャンピオンクラスの大物選手が次から次に検査に失格するという異常事態が発生したのである。特に、武道家のたたずまいと神秘的なまでに高度な技術でUFCの絶対王者として君臨し、ムダのない体格から見ても、違法薬物とは縁遠い印象が強かったアンデウソン・シウバの失格はUFC首脳陣に大きな衝撃を与えた。

当時(2015年2月18日)、UFC会長のデイナ・ホワイトは次のように語っている。

「50万ドル(約5,600万円)ほどを費やして競技期間外の抜き打ち薬物検査をやり始めたら、アンデウソン・シウバがひっかかってきた。このことが大きなメッセージになったんだ。アンデウソンの失格はMMA業界に衝撃を与えたし、私もショックを受けた。本当に落ち込んだよ。ここから本気で立て直していかないといけないと痛感したんだ」

こうしてUFCではついに、薬物問題に大なたを振るうことになったのである。

後編に続く)

【文:高橋テツヤ】