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リョート・マチダ、決定的瞬間

11月20日土曜日、史上最も魅力のある二人のライトヘビー級ファイターたち、精密なストライカー、リョート ”ザ・ドラゴン” マチダと長年にわたりその怪力を誇ってきたクイントン ”ランペイジ” ジャクソンがミシガン州のパレス・オブ・オーバーンヒルで行われるUFC 123のメインイベントで激突する。この元王者たちはこの試合に勝利することによって現在のタイトル保持者、マウリシオ ”ショーグン” フアへの道が開かれる一戦だ。そのときがくるまでに、彼らが今日までにたどってきた道のりをもう一度見直してみよう。

リョート
ザ・ドラゴン
マチダ

リッチ・フランクリン
-
2003
1231
-
イノキ
Bom-Ba-Ye
2003
結果

マチダ2ラウンドTKO
将来UFCのミドル級王座に輝くリッチ・フランクリンはUFCでの2つの勝利を挙げた後、当時の戦績は2勝0敗という比較的無名だったリョート・マチダと対戦するために日本を訪れると言うギャンブルに打って出た。そして彼は2ラウンドにTKOを喫し、そのギャンブルに負けた。試合が始まってからそれを見た誰もがフランクリンにとって長い夜が始まったのだ思ったことだろう。特にリッチが放った最初のキックがキャッチされ、即座に閃光のような左のストレートを顔面に浴びたのを見たときに。1ラウンドの後半にもリッチはマチダに殴り倒された。ロープが無ければ試合がストップされるような状況だった。リッチはほんの一歩、そのブラジル人よりもスピードが遅かっただけだが、2ラウンドには左のパンチから右のヒザへつなげられ、それ攻撃ががフランクリンに終わりを告げたのだった。当時この結末は多くの人々にとって衝撃的だったが今年の初頭にフランクリンはマチダのこれまでの成功に驚くことは無かったと語っている「マチダに驚かされたと言うことはないよ。」フランクリンは言った。「マチダとは2003年の終わりに戦ったけど、正直なところ、あのときのマチダは正体不明だった。俺たちは彼が何者なのかを知らなかった。彼は俺が思っていたよりかなり優れた選手だったよ、実際は。そしてその後の彼が成し遂げたことを見ていても、俺は本当のところは驚きはしなかった。」

BJ
ペン
2005
326
K-1
Hero’s 1
結果
マチダ3ラウンド判定
常に怖いもの知らずのBJ
ペンは2004年にそれまでのライト級からウェルター級に階級を変更、王座に君臨していたマット・ヒューズを退位させ世界を震撼させた。2005年、UFCを離れたBJはドゥエイン・ラドウィックそしてホドリゴ・グレイシーに勝利した神童はより強大なマチダとの対戦を決意した。ペンにとってこれは彼の最愛の柔術の哲学を試すための一つの手段に過ぎなかった。
「柔術は小さな男が大きな男を倒すために生み出されたものだ。そして俺は17歳から柔術をやってきた。このことはずっと俺の頭の中にどんなときも引っかかっていたことなんだ。」ペンは語った。「柔術が俺の体に深く染み付いている限り、俺にチャンスがあると信じている。何かが起こるだろうし、もし奴がなにかミスを犯したら俺はアームロックかチョークを極めるだろう。」しかしマチダはミスを犯さなかった。3ラウンドを戦い判定で勝利し、5勝0敗と言うキャリアの中に大物選手からの勝利を加えることになった。そしてこのとき、世界はこのミステリアスなブラジル人が何者なのかを知ることを心底望むようになったのだ。

デイヴィッド・ヒース
2007
421
UFC
70
結果
マチダ3ラウンド判定
リッチ・フランクリン、ペン、ステファン・ボナー、そしてマイケル・マクドナルドといった数々の大物を倒したマチダは2006年にWFAと言う団体でヴァーノン・ホワイトに勝利した。その直後にUFCはWFAから一部の権利を買収、そこにはリョート・マチダとの契約も含まれていた。UFC
67でデビューしたマチダは3ラウンドの判定でサム・ホジャーに勝利。この試合を見たものたちにただのライトヘビー級の選手ではないと言うことを見せ付けた。次の登場はデイヴィッド・ヒース戦で、3ラウンドの判定での勝利と言う特に記憶に残る試合ではなかったものの、個人的には頭の中に留まる試合であった。なぜなら対戦相手にとって”ザ・ドラゴン”を正面に捉えるのがきわめて難しい、と言う点が明らかになった試合だったからだ。試合の前にヒースが私に語った。「マチダはとても複雑なスタイルを持っていて、それをうまく切り抜けるのは非常に大変なことだろう。彼のそういったスタイルのいくつかはおれ自身がそうありたいと思っているようなタイプの戦い方だ。」ヒースはマチダの謎かけを解くことができず、そしてファンが試合にブーイングを飛ばす中、マチダは自分のゲームプランを忠実に遂行し、フラストレーションをからミスを犯したヒースはこの試合を落とした。

ティト・オーティス
2008
524
UFC
84

結果
マチダ3ラウンド判定
普段のポーカーフェイスからは想像しがたいことであったが、マチダはティト・オーティスとの対戦を迎えるUFC
84に向けて内心に炎が燃え盛っていた。ティトとUFCの契約はこれが最後の一試合であり、UFCプレジデントとの白熱した確執の真っ最中にあった。マチダは”ハンティントン・ビーチ・バッド・ボーイ”に与えられたさよならプレゼントであり、これは世界中の誰もが知るところであった。「凄いプレッシャーだった。」とマチダは語った。「そこが一番大変な部分だった。デイナとティトは揉めていて、私はそこに巻き込まれたくは無かったが、私はその真ん中にいた。でもどっちみち私はリラックスすることができた。」14分25秒にわたり、マチダは試合の全ての局面を支配していた。ところがオーティスが彼の魔法のかばんから三角絞めをいきなり取り出したときは世界中が息を呑んだ。「トライアングルに捕まってかなり動揺した。」マチダは語った。「彼がそんなことをするとは私はまったく予想していなかった。私はグラウンドも十分にトレーニングしていたので準備はできていた、だけどあれには驚いた。」数秒の危険な状態から脱出したマチダは3ラウンドを終え一方的な判定で勝利した。この勝利は”ザ・ドラゴン”をタイトル戦線の枠組みに進ませ、メインストリームのファン達の注目を集めた。チアゴ・シウバ
2009
131
UFC
94
結果

マチダ1ラウンドKO
UFC戦績5戦全勝と言う成績にもかかわらず、マチダはラモー・ソクジュをフィニッシュしファンの評価を得たことに関して以外ではオクタゴンの中のヴァンダレイ・シウバのような存在にはなっていなかった。しかしマチダはそのやり方を替えず、対戦相手に相手の試合をさせない人並みはずれた能力を持っていた。そしてもし相手が間合いに入ったり、アグレッシブになりすぎたとき、マチダは彼らにそのツケを払わせた。無敗の同郷人、チアゴ・シウバはその二つのミスを犯してしまった。マチダは1ラウンドのノックアウトでチアゴを粉砕した。その勝利はマチダにとってそれまでのUFCで最大の勝利であり、ラシャド・エヴァンスの保持するライトヘビー級タイトルへの挑戦権を与えるものだった。そしてもっと重要なことはファンたちがマチダの周りに集まり始めた、と言うことだった。「私はファンたちを満足させるために厳しいトレーニングを続けてきました。そしてあの試合であのハード・ワークは報われた、と感じています。」マチダは語った。

ラシャド・エヴァンス
2009
523
UFC
98 
結果

マチダ2ラウンドKO
「カラテ・イズ・バック。(カラテの復権です。)」ラシャド・エヴァンスと争ったUFCライトヘビー級タイトルマッチに勝利した後マチダは言った。ジョー・ローガン風に言えば”暴力的集中砲火”と言われるであろう最後の瞬間に再び発揮されたテクニカルで流れるようなパフォーマンスの後ではマチダに異議を唱えるものはいないであろう。エヴァンスはそれまでの19戦のプロのキャリアの中で、これほどやられた姿どころか、傷ついた姿すら見せたことはなかった。しかしMMAのもっとも複雑なパズルであるマチダはいつもと変わらぬクールさと正確さでそれを成し遂げた。それはまさに新チャンピオンによる特別上級クラスであった。

マウリシオ
”ショーグン” フア

2009
1024
UFC
104
結果
マチダ5ラウンド判定
マウリシオ
”ショーグン”
フアとの始めてのタイトル防衛線の前、多くはフアの”超積極的”なムエタイはマチダの正確を極めるカウンターにぴったりの餌食となると考えていた。しかしその考えは当たらず、UFC
104のメインイベントに登場したフアのいつもと変わらぬ強気のスタイルはマチダに十分に対応するもので、これまでで初めて”ザ・ドラゴン”からその限界いっぱいのパフォーマンスを引き出した。王者がそうであるべくマチダはその挑戦に応え、25分間に及ぶ接戦を戦い抜いた。試合が終わったとき、マチダはタイトルを防衛したが、勝利したのはフアではなかったか、と言う意見に同意する人間が少なからずいると言う結果となった。同年の5月8日、フアは1ラウンドでマチダを仕留め、ジャッジに何も言わさずにそのベルトを奪い取った。11月20日、ベルト奪還の道のりが始まる。我々はマチダがランペイジに備えるだけでなく、その先にあるものにも備えていると感じるだろう。